BONNOH FRACTION 14

世の中に寝るより楽はなかりけり
浮世の馬鹿は起きて働く

ソロソロ裸足で走り始めようかと

一昨年の7月に、 ルナ・サンダルで走り始めてから 約一年と半年が過ぎた。

一年半もサンダルで走っているともう慣れたもので、 最近じゃ靴を履いて走りたいなどと思うことは全く無くなってしまった。 むしろランニングシューズで走るという行為は違和感しか感じない。

しかし、慣れて来ると言うものもツマラヌもので、 母なる大地の感触を楽しみながら走っていたはずが、 もう、何も感じない。ただの平面、不感症である。

感じるためには何をすれば良いか? 僕と彼女を遮るゴム一枚を剥ぎ取れば良いのではないか?

モノの本によると足裏は、人間の持つ器官の中でもかなり敏感な部分であると言う。 ソースは忘れた。しかし裸足で走ればわかる。 小さな小石やアスファルトの温度、芝生を走れば地面はほんのり湿っているのがわかる。 かなりエロイ。

走る速度は路面状況にだいぶ左右される。 砂利が多めの道路ではやはり痛くてストライドも小さく、 地面をそっと撫でるように足をおいてしまう。 同一スピードで淡々と走るレースなどは、やはりサンダルか靴を履くべきか。

気をつけるべきは病気くらいだろうか、 傷ついた肌から細菌に感染して破傷風なぞに罹ってしまったら困る。 俗にいう走行為感染症である。

まだそれほど慣れていないというのに、 気持ちが良いものだからとついつい激しく走ってしまった。 違和感を感じて足裏を見てみたところ少し皮が擦り剥け始めていた。

気を取り直してサンダルを履く。

地面から入力されるはずの情報が恐ろしいほど寸断される。 6mm のゴム一枚でここまで違うのか。 というかサンダルやベアフット系シューズと呼ばれるものが、 まったくもって裸足と遠い距離にあるという事実が実感できる。

フォームとか怪我とか

一年半もサンダルで走ってきたのだから、 ついつい、「お前達、何にもわかってねーな」という先駆者顔をして、 なんとなくワカッテキタこの感覚を誰かに喋りたくなると言うこの衝動を抑えきれなくなったとしても、 仕方が無いことであろう。

サンダルやシューズを履くことによって遮断される情報はぶっちゃけ路面情報だけではない。 足の動き、フォームと呼ばれるものへの敏感さが全く異なると思われる。 シューズは本当は敏感だったものを鈍感にさせる麻薬みたいなものとしか思えない。

クッション多めのシューズと呼ばれるものは結構いい加減なフォームでも走ろうと思えば走れてしまう。 しかしそれは走り終えた後に膝や筋の故障となって現れてしまうのではないか。

燃え盛る火に手を近づけてしまったら、 通常の感覚を持っていればすぐに引っ込めるのが普通である。 しかし靴と言うのはその「熱いという感覚を遮断する手袋」みたいなもので、 何分かは耐えることはできるけども気付いたときには手遅れな火傷を負ってしまっていると言う。

故障とか怪我から膝を守るのは、シューズじゃなくて走り方だろう。 裸足や少なくとも薄いゴムサンダルならば、 変な走り方をしていればすぐに体にフィードバックがあって修正できる。

そもそも、「走る」という当たり前の行為が、 立派なクッションの入ったシューズじゃないとダメと言うのが意味が分からない。 しかもそう主張する人間が、クッション入りのシューズを履いて走ったことしかないのだから何を言わん。

1cm や 2cm くらいしか無い「クッション」が、 本当に 50kg や 60kg ある体重すべてを支えて膝を故障から守ってくれると信じているのならば頭がおかしいとしか思えない。

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